UK外資投資銀行から外資中央銀行
(Global Fund)のMD、FMとして
出向して日々国を跨いで出張を繰り返しながら
働くアラフォー親父の日々考える事
女子校時代の友人と久しぶりの再会と旅行を楽しんでいた
WさんがUKに帰るために東京に戻ってきたので
秘書のJとKと一緒に彼女の実家で飯をご馳走になった。
その御礼に夏団扇と茶扇子と楽焼の茶碗と
Lucie Rieの器と花瓶を渡した。
楽焼は本家の蔵にあったもので、
私が昔集めたものの1つ。
Lucie Rieは、ある女性が好きで知ったもので、
すこしづつ収集するようになった。
以前からWさんは家に来ると熱心に触って見ながら
Lucie Rieの生い立ちや作品の成り立ちや
良さを熱く語るものだから
教えてくれた女性と被ってみえたのもあるし、
いろいろと私の知人や友人達や学生達も含めて
分け隔てなく愛情を持って気配りや配慮してくれて
助かっているし、その感謝として渡した。
お嬢らしくなく、家の援助を受けず、断って、
高校卒業後、留学して奨学金やローンを組み
院まで進み、US-Frankfurt-Madrid-Hong Kong-UKと
国を跨いで働いていても
まだ少しローンがのこっているらしい。
色々なアルバイトもしたらしいし、
多種多様な人種の中で
揉まれてきたから変な固定概念も無い。
どんな人に対しても分け隔てないことがWさんのよさ。
道で困っている人や子供も見過ごせないし、
それで財布やバックを取られたこともあるくらいだから、
時折、彼女の人のよさに救われている。
夏扇子と京扇子は彼女のご家族の分も。
楽焼の茶碗はお店で使ってもらうように言っておいた。
Lucie Rieの器と花瓶は丁寧に梱包して
空輸してもらうよう手続きをした。
ご家族も恐縮しながらすごく喜んでいたからよしとしよう。
彼女もお嬢さんだけど価値や手に入りにくいものと
理解しているし、私が大事にしてきたものだからと
断ってきたけど貰ってもらった。
もう数客Lucie Rieを持っている。
それは私が過酷な闘病生活から
奇跡的に話せたり、歩けるようになり、
復帰してビジネスの成功報酬の一部として
当時のBOSSにいただいたものが最初に手に入れたもの。
(あとで彼の奥様が私の持っていた作品集を見て
買ってくれたことがわかった。)
あれから気に入ったものが見つかると買うようになった。
良いお値段するものもあるけど、良いものは良い。
自分へのご褒美なんて良い仕立てのスーツや
鞄や靴、あとは食べ歩きか、誰かにプレゼントくらい。
時計も買うけれど、7桁(0が7つ)以上のものは買わない。
日本では新築のマンション買えてしまう額だからね。
まぁ、LondonやParisの市街地近郊だと
8桁(0が8つ)だしても都心部だと狭いものしか
買えないからな。
一番高いものでは自分の物で
今後倒れてもいいために
不労収入を得れるよう不動産くらい。
私が死んでも奨学金を永続的に出してあげたいしね。
後は財団と子供病院や
クライアントの福祉事業に寄付してしまうか、
個人的に昔の伝で迂回して足がつかないように
無担保で融資や投資するかどちらかだもんね。
だから、たまに良い器や家具や工芸品に出会うと
何回も足を運んで迷って算段する。
それが楽しいんだ。
その作家の人生や作品の背景~
色々なお店の店主の思いや何気ない会話などなど。
どんな国に行っても同じ事をしているからか、
仲良くなって良いものを教えてくれたり、
安く譲ってくれるNet-Workもできたし、
懇意にしている内外の作家さんの作品も
置いてくれて積極的に薦めてくれるようになり、
作家さんたちの安定した収入源になりつつある。
ときおり、Lucie Rieの存在を教えてくれた女性を
Lucie Rieの器を見ると思い出すんだ。
色々とあったけれど感謝している。
私が苦しい時を支えてくれていた
唯一無二の存在だったから。
真っ直ぐで、綺麗で、女性としては危なっかしくて
すこし経営者としては未熟で、
でも努力と熱い思いと暖かい心をいつも持っていた。
”わたしも遣るべきことがある。”
”あなたも遣るべきことをやって”
”もう会うことも二度とないだろうけれど楽しかった。”
それが最後のやり取りだった。
当時抗がん剤で浮腫んでぱんぱんだったから、
”整形しないでね”は少し傷ついたが、
彼女の思いや気持ちや私がしたことを考えれば
仕方が無いことだったから気にしないようにしている。
成功率6%も無かった手術を受け、
成功したにも関わらず一時は言葉も話せず、
文字も書けず、左足は麻痺して這うことしかできなかった。
化学療法と特殊な治験薬で昏睡状態に何度もなった。
そんな私が術後の経過観察をしながら
今生きているのは”やるべきことを遣る”と
4年前繋いだ命で残った人生を
世の中のためにささげる覚悟を決めたから。
末期で日本で手のつけられる病院や医師はいなかった。
余命があり治療の施しようが無いのならと
日本での治療も拒んだし、
当時経営していた会社を追われ、
9桁(0が9つ)の違約金を取られて何もなかったし
その後戻ってきた違約金も全て寄付したし、
お金も無い余命がある身で何も残っていなかった。
そんな状況で彼女と一緒になり
多くの苦難を背負わせることは、私には出来なかった。
彼女のご家族にも迷惑を掛けるし、
余計な気苦労や中小企業で資金面も運営面でも
苦しいのに、それで私が死んだら2重苦、
3重苦になるからね。
それに日本の治療で仮に生きられても
術後や治療後のケアが大変で
5体満足でない状況で介護も迷惑を掛ける。
そう、冷静に判断していた。
無駄に保険適用外の医療費は
湯水のように出ていくからね。
親父が白血病で亡くなったから、
その治療の介護でやつれていく母を見ていたし、
亡くなって3年はぽっかり穴が開いたようで大変だった
のを見ていて知っているからね。
そんな重荷を背負わせたくないと思うのは普通だろう。
現実に体験した家族や身内しかその痛みは
理解できないだろう。
彼女の夢は会社を大きくして
自分が生み出した化粧品を老若男女
多くの人に手にとってもらい綺麗になって貰うこと。
他にも夢や理想を電話口で熱く語っていたな。
財務や企画がかなり甘かったけれど、
すごく情熱的で彼女と話していたら楽しかった。
辞めて手伝うと言ったのは財務面と
マーケティングや営業面が弱かったのもあるけれど、
もう死期が迫っているのが自分でも理解できたから、
彼女の近くにいたかったのもある。
でも、そんなことは口が裂けても言えるはずも無かったし、
愛情や奇麗事で乗り切れる状態ではなかったしね。
苦渋の嘘をついた。元気な振りをしつづけた。
いつでも一緒にいたかったし、苦しいところを見せて
寄りかかりたかったそれが共に生きるということも
理解していた。
でも、痛みに七転八倒する姿や
自分が化学療法で醜くなる状況を見せたくなかったし、
彼女には夢を実現して欲しかったし、
笑顔を守りたかったし、幸せになって欲しかったから。
私の押し付けな解釈だったのかもしれないけれど。
Fund時代のBoss夫婦がチャーター機で
わざわざ日本まで迎えに来て、
”お前は意地を通しすぎる、何故頼らない?
生きていればまだ遣れることは沢山ある。
這い蹲ってでも、泥水を飲んでも生きてみろ!”と
あの時面倒見てくれなかったら、
今は土の中だっただろう。
8桁後半(0が8つ)の馬鹿高い治療費を
何も言わずに無償で出してくれたし、
経過観察や見舞い、復帰後や復帰できなくても
面倒見てくれると言って、そばにいてくれたし、
復帰後の大きなM&Aや少し難解なTOBの案件を
宛がってくれて活躍できる場所を用意してくれたから、
いま金融業界で生きていれる。
だから、自分の能力や人脈や志を
後世に繋げることしか考えていない。
ひとを育て、企業育て、地方や国を育て思いを繋ぐだけ。
人それぞれ考え方も生き方も変わるもの。
難しいけど遣らなきゃならないし、遣れることをやるだけ。
その女性にあげようと購入したものは大切に残してある。
もう渡す機会も会う機会もないだろうけれど、
私が生きる意味を忘れないために、自分に驕らないように。
Lucie Rieを見ると思い出すんだ~初心を。
私が10年~100年先を見据えられる人を育てようと
企業を創ろうとしていたあの日のことを。
”成せばなる 成さねば為らぬ何事も
為らぬは人の成さぬなりけり”
その思いは誰も知らない。
金があれば何でもできるでしょ?って言う人たちがいる。
99%金で解決できるのが正解だ。
でも人の心や気持ちや思いが入っていない金は
あぶく銭で何も生み出さない。
金を稼ぎ生活を営むということはそういうことだ。
泥臭くて人間くさくて、温かい心のやり取りが其処にある。
それが少なかろうと多かろうとね。
それで良いと思う。
懸命に毎日を生きるってそういうことだ。
それを忘れたら金に振り回されるようになる。
そんな人たちが世界中に溢れている。
私もそう言われたことがあるけど、
その人たちは私の事を理解していない。
金はただの潤滑油であって切り札ではない。
最後は人の志や気持ちのやり取りだから。
何度も0になって、マイナスになって
どん底を見てきたからわかる。
人の温かさと気持ちに救われてきたから理解している。
先に帰るWさんを成田まで見送って別れた。
分刻みの仕事をこなして東北に入り、
すぐにBrussels~am Mainにはいらないと。
EU圏の経済も刻々と変わる。
部下達と合流したらGreeceとItalyの案件で水面下に。
また国を跨いで名や役職を伏せてのLobbyingはいつものこと、
今それが求められるMissionだから。
そのあとはUS~NYとDCでの仕事になるだろう。
わたしが遣れることを遣るだけ。
そう言い聞かしながら今日も前を向く。
苦しくても笑顔を絶やさず、それが周りの力になるなら
わたしは笑顔をたやさない。
綺麗事でも貫く強さと潔さを持ち続けるんだ。
それが私が生きる意味だから。
HARUHA
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伊丹から羽田経由で移動し社に戻る
迎えの車の車窓から見える景色はいつもと変わらない。
秘書のJとKは東京に入ると陽気で饒舌な一面を隠し、
沈黙してNoteやPDAを見ながら
時折私を伺うように見ていた。
新幹線が人身事故で遅延していたから仕方がない。
予定はイレギュラーに変わるものだし、
予め前日に飛行機に振り替えといたから
会議には間に合ったしね。
KとJが京都にすこしでも長く居たかったから仕方がない。
夏扇子や茶席で使う茶扇子を見て、
特注で頼んでおいた京団扇の阿以波や
唐長なんか見せたら、
日本の女性でも長く見たいだろうしね。
貴船神社に参った後、
床で飯を食ってから大原で温泉に入ったたのも
時間を押した原因だしね。
盛りだくさんにしてやろうと思うのは、
BOSSとして当然のこと。
Kは貧乏旅行のバックパッカーできて以来の
京都だと聴いていたしね。
着物なんて着たこともなかったらしいし。
2人に西陣の京古典の浴衣と帯を含む
一式をプレゼントしたら、
普段冷静なKが無邪気に喜んでくれて
良かったなくらいにしか思っていなかったのに
2人とも凹んでいる。
浮かれてイレギュラーな読みが出来なかったから。
BOSSに先回りされたのがショックだったらしい。
気にしていないんだけどね。
まぁ、東京に入り沈黙を決め込むのは
いつものことだけど。
私自身、東京は余り好きではない。
今回は特に。
4年前、色々あったのもあるけれど、
あれから代官山や代々木上原に
足を踏み入れることはなかった。
当時違約金を掻き集めるために
代々木上原のマンションは
カナダの友人の投資家に売ってしまった。
今は外資の役員に又貸ししていると聞いている。
代官山の知り合いの家にすこし住んでいたし、
嫌な記憶ばかりで出来事もつづいたから
もう二度と足を踏み入れることは無いと思っていたから
今後もそのつもりでいた。
懇意にしているクライアントの経営者が
主催のパーティーに出席するために、
会議の後、彼の自宅で行なわれるので
招待され行くことになっていたから。
JもKも私の過去や経緯を理解しているから
調整を掛けてくれたみたいだけど、
結局、本国の代表として
アジア地域担当の役員達といくことに。
仕事だから嫌など言ってられない。
まぁ、卒なくこなしたけれど、
趣向も料理も洗練されていないし
話題やビジネスモデルも他者の焼き直しで
世界標準でない。
それに今の作られた景気と株価に浮かれて
先を見据えていない日本人らしくて結構疲れた。
中国金融の崩壊も見えてきているのに、
連鎖する恐慌と光の裏にある闇を見据えていない。
BOSSからは本音トークは伏せておけということと、
使えなくて浮かれている上層部がいたらお前の権限で
切って良いといわれてるから、人間観察に徹していた。
上層部には苦言と襟を正すように
その後話しておいたけど、
首をそう簡単に切るつもりはない。
部下達に水面下で調査させ提出させた数字や
内部の情勢の資料に目を通しながら、
ヒアリングをして総合的にいらないと
判断した人材は切るけどね。
日本に限らず、内部監査の仕事を任されることはしばしば。
良いものでもない。
でも、必要な仕事。
そう、代官山もすこし変わっていたけど、
やっぱり開発の仕方や見せ方が一過性のもので面白くない。
物も食べ物も目新しくないし、ただ海外からもってきただけ。
原価率に対しての品質から見た人や使った人が
付けた付加価値を合わせてもどうなんだろうと
首を傾げてしまうし、
一時的な売上と利益は稼げるけど後に続かないだろう。
蔦屋は面白かったけど、梅田のほうが良い感じだね。
それと日本にいて時間が許せば
佐賀の図書館の事例を見てみたいな。
ビジネスモデルとしては面白いし、
改良を加えてC to Cと通販や音楽配信システムや
版権や著作権と融合させて自分独自の好きな本を
製本できたり、デジタル版権と音楽の著作権の
Mixなんかも面白いからね。
作家が本の中に登場させた食べ物や服、
音楽などを販促に繋げたり、
イメージを映像や動画と音楽を載せて配信させたり、
読者の感想やイメージとかとリアルタイムでSNSを通じて
融合すれば、販促も簡単だし結構面白いものが出来るだろうし、
本のQRコードを読めば買ってくれた人だけ
視聴できれば本やCDの購買意欲も増すだろうし、
落ち込み気味の業界の建て直しも出来るだろうしね。
図書館や企業には版権使用許可のライセンスを
試用期間分日割りで払ってもらい、
プロテクトコードを割り当て、期間が過ぎればDataが
消えればいいだけ出し、ライセンスビジネスも成り立つ。
4年前から代官山の駅や周辺も
経営していた会社のオフィスを構えていたビルのある品川も
大切だったひとに会うために色々手配した食事のお店も
日本に戻っても踏み入れたことは無かった。
人には伏せて置きたい記憶や思いもある。
彼らはそれを私の先輩に聞いているから、
いろいろ気を遣わせている。
以前、定宿にしていたCONRAD TOKYOや
The Ritz Carltonには絶対宿泊しないし、
代官山、渋谷、恵比寿、品川周辺や
入院して匙を投げた大学病院周辺は足を踏み入れない。
除籍され記録を消された大学にも寄付は止めた。
千葉や茨城や北関東、岐阜も含めて全て私にとっては鬼門。
和歌山も愛知も三重も一部を除いて足を踏み入れていないし、
北海道も好きだけど行かないようにして
いつも部下達に私の権限と裁量を委ね行かせている。
嫌いな人たちや関わりたくない人たちが沢山いるから。
まぁ、成田には移動しなきゃならないから
仕方が無いからはいるけど。
触れない、関わらないと決めたら
以後一斉立ち入らないのが潔さと思っているし、私の鉄則。
それだけ、嫌な記憶しかないから
思い出すと吐くし、眩暈もするし、腫瘍を取りきって
今は大丈夫なのにあの時の痛みを思い出すんだ。
だから、見せないようにごまかしてやってきたんだけど、
1年前、秘書のJに見られてしまってから、
Kとこの経緯を先輩に聴いてから調整してくれている。
嫌いなものや場所だらけになってしまった。
だから日本での仕事は制約だらけになる。
JやKが悪いわけではない。
私が弱いだけだ。
過去は受け入れてはいる。
ただ心無い人たちに振り回されるのも
関わらないのも自分を守るための危機管理の一つ。
彼女達には当面気を遣わせるだろう。
まぁ、それが秘書としての仕事だし、
わたしがBOSSである限り仕方がないことだろう。
まぁ、それ以上に気配りはしてるつもりだけど。
私のBOSSもそれは理解してくれている。
お前は優しすぎるし、ひとに気を遣いすぎる。
そこに漬け込んだり、
勘違いする人たちが多いのも事実。
自分が痛い目にあって、
立ち上がれないダメージを追っても、
お前は時間がたてば、その人たちを許す。
(今はそんなにお人よしではない。
許さないし、関わらない。)
まぁ、近頃は線引きは出来るようにはなってきたけれど、
でも、その慈悲と慈愛に溢れているところが
お前の良いところだと彼も彼の奥様も言ってくれている。
そう、理解してくれる人たちが
身近にいてくれるだけでわたしは助かっている。
すこし予定がずれて後1週間滞在することに。
福島や名取や石巻や気仙沼にはその後だな。
ケアハウスや子供病院の子供たちにはプレゼントを買ったし、
墓参りのためにひめゆり(関西ではささゆり)の花も押えたし、
急に顔をみせたら驚くだろうな。
嫌なことや伏せて置きたいことは沢山ある。
でも、遣らなきゃいけないことはまだまだある。
だから、今日を大切に生きている。
遣れないことを無理にすることはないし、
心無い理解できない人たちのために
何かをしなくてはとか思わなくていいこと、
慈愛や慈悲の心で分け隔てなく接しなくて良いと
理解してから楽になった。
ひともわたしも相容れないもの。
それで良い。
生理的に受け付けない人や人格的に問題がある人に
仕事以外で関わる必要性は無い。
気持ちを蔑ろにされて心を痛めるだけだから。
相互理解してくれる人たちを大切にすれば良いってね。
いま自分が出来る背いっぱいを遣るやるだけ。
ひとつひとつ地道に。
HARUHA
勉強や仕事の仕方がわからない
それは自分自身が見えていないこととおなじ。
人は社会において自分の立ち位置を日々模索する。
他と比較することで、
”自分の特性”や”足りないところ”を知り、
目標や理想と現実との距離感の中で
自身の全体における偏差値とウィークポイントを見出して
不足した知識や経験を割り出している。
欠けたピースを探し、取得、自分サイズに加工して
はめ込む作業を自然にしているはず。
その方法は自分自身が一番理解していると思う。
わからないのではなくて、
自分自身の今の状況や立場と理想との距離を
冷静に見定め現実を認めていないだけ。
そして、それを埋める努力を真剣にしていないだけだろう。
すぐ安直にHow-to本や人の成功例に頼るけれど、
その遣り方が自分に合っているとは限らないし、
それを遣れる環境や能力や経験値が
あなた自身に備わっているとも限らない。
まず、自分を知ること、
理想と現実の距離を認め、
自分で環境を創り、能力を高め
埋めるために真剣に考え~模索し~
行動にうつし~修正しつづけなければ、
問題点も何が欠けているかも見出せない。
PDCAのサイクルは一般教養の授業や
新人研修なんかで習ってると思う。
それを日々の生活で実践するかしないかだけ。
そこからは、ただ足りないものを埋めていけば良い。
始めたら最期まであきらめずに遣りぬかないと何も成さない。
途中で止めるならば最初からやらない方が良い。
HARUHA
負けても良い居場所(ひと)やときをつくる。
ほとんどの人が負けず嫌いというか、
固執するというか、譲れないところがあるはず。
こうでなければならないと自分が思っている
慣習や癖、長年築いてきた固定概念や習慣、考え方。
化粧や服装や色や髪型や技術やビジネスモデルなど。
1番にいつもなれるわけもない。
大多数がほとんどだ。
そのなかで、他人と誰もが違う自分でいたい。
自分を守るために虚勢を張って
誰もが社会の中で生きている。
負けないスイッチを部屋を出た時に入れる。
生きていると多種多様な人種、
ひとの考え方や環境のなかで
固執しすぎて偏屈な意地や
自分の価値観が邪魔になる時ばかりだ。
すこし冷静に視野を広げたり、
情勢や状況や自分の技量や能力と比較して
判断すればわかるはずなのに
自分を守るためと欲望のままに暴走する。
自分の物差しが世界標準ではないし、
そのコミュニティに合っているとは限らない。
収縮自在の基準を持ち合わせていないなら、
そんなものゴミ箱に捨ててしまえば良い。
素直さを無くせば、成長はしないし、
自分に正直にならなければ判断を誤る。
己に過信して慣れや横柄になれば、
周りの人や顧客は離れていってしまうし、
自分の今の力量を見誤って失敗する。
正しい判断力を無くせば、
自分という個性は埋もれてしまう。
その腹いせなのか~徒党を組み~
他人を追い落としたり、陥れる。
ほんと悲しい人たちが多いのも事実。
ひとに嫌なことをし続けたり、仕返しをしたり、
ひとを恨んだり、羨んだり、嫉んだりし続けたら
自分の器や品格を落とすことになるし、
いつかは自分に跳ね返ってくるもの。
だから、負けても良いところや時や人をつくるんだ。
それが大切な人や親や尊敬するひとや仲間でもいい、
その人たちの前では
凝り固まった頭のギアをニュートラルにして
肩の力を抜いた自然の状態の自分にもどす。
そうすれば、何もひとにいつも秀でてなくても良いと思うし、
片意地張らなくても良くなる楽な空間や時間も取れる。
そこで冷静に足りないものが何か分析し、
知識や経験を補充すればいいだけ。
新たな自分の可能性に繋げる為に努力すれば良い。
自分のためであり、他人より秀でるのが目的ではない。
すると、固執して意固地な自分が馬鹿らしくなる。
そうやって自身を適度に新鮮な状態にもっていくと、
人にも社会にもやさしくなれる。
自分と考え方や価値観が異なって
明らかに常識的に違っても、
”まぁ、こういう考え方もあるよね?”
”自分とは違うけど、良いところは見習おう”
”反面教師でいよう!”と流すことも出来る。
自然体になれる時間を負けても良いひとや
時間を作ることで脳をRe-Setするんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
負け(曲げ)てはいけない処も持ち続ける。
この世のなか、情報が氾濫しすぎているから
判断基準も決断するのも優柔不断になる。
どれが正しいかとか、良いなんて人それぞれなのに、
基準や☆の評価を他人に委ねることが多い。
例えば、レストランの味や服飾や化粧品などの評価。
行って見なければ、使ってみなければわからない。
感性も味覚も容姿や肌質も
その日のバイオリズムや状態で十人十色に変化する。
一過性の数の論理や流行など、
中身のないものに流される必要性はないし、
伝統や守り続けなきゃいけない慣習等を除いて、
流行りが自分自身に全て似合うものではないし、
味も形も色も品質も似合わないものを取り入れて
個性を無くす必要性はない。
正しい判断や志をたやすく曲げる必要性もない。
いまや将来、そして人道的な観点で見たとき
いちばん良い選択をすればよい。
すぐ誰かの責任にする人たちがいるけれど、
”大勢やそのときの時流や気持ちに流されて
しまったんだよ。”とも言う人たちがいるけれど、
結局、最期は自分で判断して~決断して
今に至っていることを忘れている。
後ろめたい気持ちを引きずっているのなら、
いつでも、あとでも謝れば良いし、
過去を正してやれば良いだけ。
時間は戻らないし、許してくれるとは限らないし、
関係が修復されるわけではないけれど、
自分の気持ちにケリはつけれる。
そんな風にあとで後悔したくなければ、
自分に素直になって、
曲げてはいけない自分のポリシーや生き方を
そのとき、その瞬間で判断しすればいいだけ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
相互の使い分けで自分を活かせば良い。
大勢に流されることも必要な時もある。
でも自分自身をそれで無くしても個性はなくなるし、
正しい判断もできなくなるし、
そのたびに自分の基準が揺らいでしまう。
固執しすぎて頑固な柔軟性や協調性に欠ける
良い意味で時代や状況によって
変化出来ない人間になりたくない。
だからニュートラルに成れる時間を作るんだ。
ギアを何処にでも入れることが出来るからだ。
譲るべき時は譲る、
譲ってはいけない時は譲らないそれで良いと思う。
HARUHA
何気ない帰り道、空港、駅、歩道や壁の目地を目線でたどる。
材質は多種多様で、汚れや苔むしたり、
長年の雨風や圧で磨耗してるさまもそうだけど、
落ち葉やビラ、該当に照らされる影の凹凸、
行き交う車のライトのひかりで表情を変えていく中、
あみだのように何処にたどり着くか予想する。
そのパターンや状況を数式や数列に表してみたり、
統計、乱数でイレギュラーな結果を計算してみたり、
いきつく処が人や家や物や食べ物ならば、
今日のラッキーパーソンやアイテムだと
勝手にあてはめたり、連想したりするんだ。
行き交う人も含めていくと興味の対象が
広がりすぎるからしないようにしている。
収拾がつかなくなるから。
何も考えたくない時にやる。
頬を撫でる風の動きや当たり方や
囀る鳥達の声が町並みの建物や道路などに
反響して増幅されたり、小さくなったりする現象や
外灯の明かりが雨や天候よって照らすさまが
変化する事象を数値や数式で動きを
頭の中でシュミレーションしたりも。
レストランやデパートメントなんかの
客導線や接客導線の動き、
イレギュラーな動きなんかも含めて。
いつもそんな風に人や物を見ていると
ある一定の法則に出くわすし、
人の動きや求めている物や事が
ある程度予測できるようになる。
Dataに心遣いという気持ちを載せることで
他者とは違う付加価値をうむ。
ITCにせよ、C to Cにせよ便利にはなるけれど、
クラウドの世の中で其処に気持ちのやり取りを
載せることを忘れてはいけないと思うんだ。
MobileやPDAは便利で、
SNSやクラウドサービスに繋げば
無限の広がりを生むし、
それが新たな商圏の囲い込みにもなる。
ただ、一過性の流れを生んだり、
弊害も多いし、匿名性の中での犯罪性も高く、
永続的な商圏の囲い込みや付き合いに
ならないことのほうが殆どだ。
Virus対策やHackingなんていたちごっこだし、
法的な抜け道や模倣されて~対策されて~
より高度化していくから、
何でもかんでもMobileやPDAやNoteやPCを
繋げば良いという問題でもない。
それはクラウドの中でも同じようなことが言える。
今って、SNSが日常のコミュニケーションツールでしょ?
いろいろな人が、
その場の感情や思いを衝動的に発信することで、
止め処なく送信されるメールLINE。
それに対して返信に疲れて放置するか、
削除フォルダーに自動で入るようにするのかどちらか。
Followを相互にするのもメンドクサイ。
親しくても、なくても、そんなのいちいち見てる暇もない。
でも、繋がっていたい大多数症候群。
そんな希薄化した関係の中に、
一過性の反感を買えば叩かれるし、
リベンジポルノやプライベートの写真や動画
覚えのない誹謗中傷など、
とめどなく流れたり、
個人情報が一斉送信され、
拡散されてしまい~収拾もつかなくなる。
これはビジネスでも同じこと。
情報によって人も潰されるし、
企業も潰れる事だってある。
便利さは諸刃の剣なんだよ。
Data-Baseを世界のあちこちに分散しても、
電力が落ちてしまったり、
Virusで遠隔操作されれば使い物にならないしね。
今は先祖帰り化してて大事なものは
磁気媒体に保存する方法がとられるようになっているし、
リアルタイムにという時代に逆行しつつあるようだし。
便利さを活かすにも、
普段からあらゆる事象を冷静に分析して
Dataとしてストックしておかないと駄目だし、
その便利さ(ITCやC to CやBig-Data)を
自分が直面している状況や状態にたいして
適切に使えるスキルがなきゃならない。
また、常に防御策をいつも考えてないと
クラウドシステムでも穴がかなりある。
だから、普段の何気な風景や関わりを
見逃さないことが大切になってくるんだ。
その作業をいつも積み重ねておけば、
変に思考を停止させ動きを止めなくても、
関わる人たちに対して
自然に気遣いや危機管理という
付加価値をつけて対処できる。
だから、私はいつも自分の周りで起きている事象を
どうやって起きているのか検証している。
窓につく結露、部屋の換気やシーツの肌触り、
出勤する時、外に出た時の空気や香りや湿度。
革靴を蹴り返す歩道の音や衝撃。
迎えの車の運転手さんの微妙な運転の違い。
すれ違う人の動き、目線、素振り、
軸足と歩き方の規則性と変則性、
風に舞う木の葉のながれ、車の音。
女性の部下達の化粧、顔肌の状況や
女性に限らず口元、口臭、手元、足元、
服装、髪型、ヒゲの手入れの仕方、体臭。
(鼻が利き過ぎるのも考え物だよ。)
第一声、口調など。。。
色々なことをつぶさにみて観察している。
挙げたらキリがない。
そんなことを積み重ねていくと、
ある程度人やものの動きが予測できるようになるし、
体調や状態を判断して、
家庭で何か問題があったかのかを
読み取って、それによって気遣いも出来る。
また危機管理としてどう対処すれば良いか、
問題点があらかじめある程度
先に読めているから対策も取れるしね。
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話す時に上下の顎がらくだのように揺れていたり、
口角がゆがんでいたりすると
人に対して攻撃的で自分本位で人の意見など
聴かないひとだし、自分が一番だと思っている人が多い。
貧乏ゆすりをしたり、首や体を振りながら話す人は
落ち着きがないと判断される。
両方とも病気でない限り止めたほうが良い。
治療で治るならば治せば良い。
まぁ、面接でそんな人がきたら、
私はその時点で話は聴かないし、部下にはしない。
まぁ、他にも色々あるけれど、
人事の経験が一番長いし、
多くの人たちと日々関わっているから、
嫌だけど見えちゃうし、
大体仕草と性格や人間性や
生きている環境が見えてくるんだよね。
ちょっと脱線したけれど、
日々何気ない自分の周りに起きている事象を
違った視点で見ていくと自分独自の+αした
心の篭った気遣いや考え方ができるようになる。
日頃の観察力の積み重ねで
キヅキが鋭敏になるからね。
キヅキが多ければ多いほどチャンスも増えるし、
気持ちの篭ったやり取りも出来るし、
すぐに壊れない人間力と信用を作ると私は考える。
HARUHA
プロフィール
HN:
HARUHA
性別:
男性
職業:
外資投資銀行 MD 外資政府中央銀行系Fund MD
趣味:
自転車 料理
自己紹介:
外資投資銀行から
外資中央銀行FM MDとして出向。
EU、US圏で活動中。
外資投資銀行、
政府系FUNDの寄付講座で、
院の学生を教えながら、
国を跨いでの出張と
仕事の毎日です。
守秘義務が多い職務上
Facebook、Instagramは公開しません。
予めご了承ください。
文章の引用、批評論評等
一切お断りします。
専門はM&A全般
Due diligence
企業の建て直し、解体。
人的資源の効率化。
知的財産(特許全般)の
債権化とライセンス契約
および特許訴訟全般。
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