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UK外資投資銀行から外資中央銀行 (Global Fund)のMD、FMとして 出向して日々国を跨いで出張を繰り返しながら 働くアラフォー親父の日々考える事
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国や街が変われば色も香りもかわる。
こちらは春の訪れはまだまだ。

日本の交流を持つ子供病院の
子供達の手紙に同封された写真にも
インスタグラムの写真にも
つくしや菜の花、梅の花、桜の蕾が
ほころんだものと笑顔。

小児癌や遺伝子治療や先進医療分野に
特化したベンチャー数社への
投資枠をすこし広げたのも
彼らがすこしでも元気になって、
笑顔で普通の生活を送り、
四季を感じ成長して欲しいと
切に考えているのもある。

移動中、手紙の返事を書くのはいつものこと。
香りは届けられないが、色々な色を写真に撮って
インスタグラムにUPする。

すると、震災のケアハウスの子供達からも
同じように今日の色を撮った写真を
おのおの報告してくるんだ。

良い息抜きになって元気を貰う。

みんなそれぞれの個性があって面白い。

自分が自分がと前に出る子。

主張していないようで、
きらりと光るものを感じる子。

みんなと仲良く横並びの子。

それで良いと思う。

それぞれに返事は送れないと言ってある。
でも日々毎にみんなに送るように番号を振り
順番に分け隔てなく返事を送る。

否定はせず、
どうしてこの写真や文章を綴ったのか
意図と考えを紐解くように書いて、
彼らの気持ちを紐解いていく。

同じなようで同じでないのがわかっているから。

彼らがやがて大人になったとき、
そんないろんな色や香りという個性を
受け入れられたり、伝えれる人になって欲しい。

横並びの情報の羅列や
日常の何気ない風景から、
人とは違った感性で物事を見て、
感じ取れ、表現や体現できるすべを持って欲しい。

自分という基準を。

そんな風に思いながら日々やり取りをする。

HARUHA
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”What do you want next?”
よく部下達や教えている学生達に言う言葉だ。

”じゃあ、次になにがしたいんだ?”
そう、もう一度自分に問いかけてみようという意味で。

いくら良い論文や仕事のアイデアでも、
その次の展開やもっていく着地点までは考えるけれど、
そこからより深く掘り下げた発展性や
独創性やワクワク感や閃きや煌きに欠けることが多い。

無難にまとめることも。
相手あっての自分だから関係性や
立ち位置を考えることも大切。

でも、自分自身の”考え”や”遣りたいこと”、”遣るべきこと”
”狙いになる外せないPoint”が無ければ意味が無い。

その考え方が国際情勢や今の闘うべき諸問題や
自分が置かれている状況とかけ離れていては問題外だけど、
それを埋める作業(日々の勉強と実行と修正のサイクル)さえ
きちんとクリアしていれば、提案して意見を通せば良い。

裏づけの無いものに人は投資しないし、
賛同もしない。
でも、そこに日常の成果や過程や根拠を見出せれば、
道は必ず開けるものだから。

ときに、他人がどう見てるか、判断するかでなく、
自分がどうしたいか、どうなりたいかを優先し、
挑戦することも大切なんだ。

それが自分の壁を1つづつ打ち壊すことになり、
可能性を伸ばすということだから。

無難にまとまれば面白くない。

他人に配慮できること感謝できることが前提だけど。

たまには羽目をはずしてもいいし、
遠慮もいらないんだ。
荒削りでもきらりと光るまで磨きつづければ良いから。

HARUHA


意志を貫くのも持ち続けるのも難しい。
多種多様な人種、文化、宗教感、考え方、
思想、資本、数の論理が絡むから。

それはどの国でも変わらない。
人は良い意味でも悪い意味でも
風向きによって、
自分の立場や持っているもののために
妥協するもの。

世の中で生きていくためには必要なこと。

でも、”自分の意志や成りたい自分になる”、
”夢を現実にする”ためには
今の現状と理想との差に目を背けず、
足りないピースを絶えず探し、補い続け、
自らを磨いて理想に近づける努力を
毎日し続けなければならない。

正しいことを正しいと言える強さは
自分を守れる教養や素養と経験と
実績と数字からくる目に見える自信がなければ
発揮できないし、結果や数字などの
裏づけの無い要素や根拠に説得力は無い。

よく他人や環境や
過去の責任にする人たちがいる。
会社や上司、学歴、育ってきた環境などにも。

今の現状を作ったのは
過去の自分の積み重ねであり、
未来という今の延長戦は
今をどう生きるかに掛かっている。

現状を嘆いて他人や恵まれない
今の自分の境遇に悲しみ、
成功したり幸せそうな人たちや
社会に対して偏った批評論評や悪口や
陰口を口にするならば、
自分の非を認め、できていない部分を直し、
遣らない自分を変わらない、
変わろうとしない自分を
すこしだけ変化させれば良い。

私も羨むことはある。
でも人の悪口や陰口は言わなくなった。
他人の悪口や陰口を聴いて
良い気持ちはしないし、
そこに何も生産性はないし、
自分が成長するわけでもないし。
すこし、憂さ晴らしができるくらいだろう。

だけど、よくよく考えてみると、
それほど自分も出来ていない事や
優れていないことに後から気づく、
するとみっともないし、
ちいさい自分に気づき恥ずかしくなる。

人生には分岐点が何度もある。
その取捨選択は自分自身がしている。
過去を振り返り反芻し、
反省を今に未来に活かすことが
大切なのであって、
今の自分を守る手段にするのは
馬鹿がやること。

また今の判断を大多数に流されて
正しい判断ができない、
しないのも馬鹿がやること。

そう関わる学生達や部下達、子供達には話す。

繰り返すけれど、
今は過去の積み重ねで起こった事象。
未来を切り開き、より良いものにしようと思ったら
今をどう生きるかだろう。

今の自分が生きているのは
支えてくれている色々な人がいて
未熟な自分を誰かがいつも許容し許し
続けてくれているから丸く収まっている。

世の中は誰かと自分の許容の凹凸の重なり合いで
成り立っているものだからね。

完璧な人など居ないし、
完璧にならなくてもいい。

完璧を追及するとしんどいし、
穴や隙という余力や余裕がなければ
とげとげしくて人も物も集まってこなくなる。

完璧でない弱点ばかりの
自分を認め、他人を認め
許容できる部分は許し、補い合い
認め尊重することを覚えること。

感謝し続けること、
自分自身を磨き続けることが大切なんだ。

それは国を跨ごうが立場が変わろうが死ぬまで変わらない。
他人や社会に責任を委ねるのでなく、
自分で未来を切り開くんだ。

そうすれば自ずと道は開けるし、
自分が望む環境も立場も
人も物も金も必要ならば自然と集まってくるものだから。

HARUHA


ぶれない状態を継続しつづけるのは難しい。
日々色々な情報に晒され、取捨選択をしているのもある。
また、その中で批評論評、評価に一喜一憂するものだから。

Net社会の匿名性と特殊なスピードと見せ掛けの数字や
一過性の評価と現実社会の評価は異なるものだけど、
思考や考え方の画一化や流動化が一時的に起こり、
ボーダレスになって判断基準が曖昧になりつつある。

Net内の情報は横並びで、面白くもなく目新しさも無い。
情報の羅列やWikiのコピー&ペーストが並ぶか、
URLのLinkかどこかで読んだ論文や記事ばかりが多い。
情報の丸投げと評価の羅列でオリジナルな切り口は皆無。

良く書くのだけど、
そんなものに流されて足元を掬われるのは馬鹿がやること。

一過性の評価で信用や
一時的な流行による利益を生み出しても
それが永続的に続くわけ無いからだ。

評価や結果は毎日の地道な積み重ねについてくるもの。
教養をつけ、経験を積み重ね、自分サイズに噛み砕き
理解し、実践し、改善をして、また足りない知識を勉強し、
その繰り返しの中で確固とした評価や結果は付いてくるんだ。

ぶれないでいるのは難しい。
一過性の評価や批評論評に人は流されてしまうから。
でも、そこで止めてしまうのは良くない。

事業を成功させるのも
夢を現実にするためにも
必要なのは継続力。
そして自分に克つことと、素直さと謙虚な姿勢。

遣りつづけないから何も付いてこないんだ。
人も金も経験と教養から身に付く素養も
溢れ出る人間性も全て継続することから生まれる。

他人の評価なんてどうでも良い。
だってそんなものに流されて
本分や志を見失うことのほうが勿体無いからね。
自分自身が今どうあるか、どうなりたいかが一番だから。

地道なことは格好良いものではない。
でも、それに勝るものはないんだ。

だって世の中は知らないこと、興味の対象で溢れているから。
死ぬまで勉強だしね。
今の現状(一過性の評価や売上や利益)に満足したところで
向上心や大きな志はなくなるし成長は止まる。
だから、他人の評価に一喜一憂している暇は無い。

HARUHA

譲り合うということが少なくなってきた。
例えば道を歩く、順番を待つ、
相手の立場で考えて一呼吸おく等の色々な場面で。

国を跨いでもその光景はどこにでもあるが、
帰国するたびに残念に思う。
自転車が歩道を容赦なく行き交い、EU圏では考えられない。
ぶつかっても謝らないのは普通らしい。

引かれそうになるのはたびたび。
歩道一杯に後を歩く人のことを
お構いなしに自分達のペースで歩く老若男女。

すこし後ろを振り返って譲ればいいのに。
ほかの人に気遣いや気配りもない。
selfishな人間が多くなった。
 
中国人と韓国人観光客のマナーの悪さは、
バブル時期の日本人観光客とあまり変わらず閉口するばかり。
(バブリーな時期は身をもって知らないけど、
まだ国力に余力があった頃。)
これはEU圏でもUSでも変わらない。

日本人も余り変わらないんだけど、
混雑した列車に乗ってもベビーカーを畳まない。
優先座席に若中年層が平気で座る。
音が漏れているイヤフォン。
大声でMobileで何処でも話す。

階段や乗り降りで小さい子や足の悪い方をいたわり、
歩幅を狭めて歩く速度を緩めたり、譲ったりと
気遣いができない人たち。

急いでたってせいぜい1~3分のこと。
後で歩幅のスライドを広げ、歩くのを早くすれば
それぐらいの時間取り戻せる。
そんな心に余力が欲しいものだと思う。


傘を振り子のように前後に持って歩き
後ろの人に刺さるかもしれないのに気を遣わない人。
(その人が振り返ったとき刺さったことがある。
悪びれもせず謝罪もせずそのまま行こうとしたので、
秘書のJがかなり英語でまくし立てて大変だった。)

騒いでいる子供を注意もせず、
食事をしているのに周りに気遣いもせず、
怒りもしない親達。
そのくせ、他人のことには目くじら立てる。

運転も割り込んだり、ハザードを点けずに車線を変えたり、
クラクションをすぐ鳴らしたり、
車間距離をあけずにぶつかりそうだったり。

自分さえ良ければいいと考えている人達が増えた。
まぁ、以前からそんな人たちが多いんだけどね。

海外で生活してて思うことは、私が日本人だと分かると
通訳かガイドを見付けたかのごとく
話しかけ、私の時間に割り込む。
秘書のJや部下達が囲んで歩いているのと
英語やドイツ語やフランス語しか近頃は話さないので
寄ってこなくなったが、巻き込まれるのも面倒くさいので
日本語は帰国しても移動中や買い物時も話さなくなった。

人に自然に気遣い出来ないのはどうなんだろうって思う。
自分がされて嫌な事は他人にしない。
されて気持ち良い気遣いをするなんて普通だと思うのは
私が変なのだろうか?

何もいつもしろなんて言わない。

少しだけ、外に出たら心がけるだけで
もっと世の中や人間関係がスムーズに回ると思うんだ。

紳士淑女に成れなんて言わない。

少しだけ他人に譲れる余裕を持ってほしいだけなんだ。

日本が札束で世界をわたる時代は終わった。
また日の目を見る時代も来るだろう。
でも、またバブル時の恥はかき捨てのような
日本人にならないで国際人としての品格を持ってほしい。

切にそう思うんだ。
ほんと帰国したりしても残念だと思うことが近頃多すぎる。

HARUHA
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プロフィール
HN:
HARUHA
性別:
男性
職業:
外資投資銀行 MD   外資政府中央銀行系Fund MD
趣味:
自転車 料理
自己紹介:
外資投資銀行から
外資中央銀行FM MDとして出向。
EU、US圏で活動中。

外資投資銀行、
政府系FUNDの寄付講座で、
院の学生を教えながら、
国を跨いでの出張と
仕事の毎日です。

守秘義務が多い職務上
Facebook、Instagramは公開しません。
予めご了承ください。
文章の引用、批評論評等
一切お断りします。

専門はM&A全般
Due diligence
企業の建て直し、解体。
人的資源の効率化。
知的財産(特許全般)の
債権化とライセンス契約
および特許訴訟全般。
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